大自然は、搾乳機の存在も粉ミルクの存在も知らない
頭の中の引き出しから、このごろ頻繁に出したりしまったりしている言葉がある。
Nature doesn’t know about pump or formula.
「(我々人類の母である)大自然は、搾乳機の存在も粉ミルクの存在も知らない」
っていう意味なんだけど。
このブログで前からいろいろと書いているように、アメリカで育児中の親友がいるんだけど、 親友がアメリカの母親学級で先生に言われた言葉だ。
アメリカで出産を終えた親友は、病院で開講されている、0−3ヶ月児対象の親子学級を受講したんだけど、そこの講師の先生に、
「パパは子供をあやすのがイマイチ上手じゃない。最初は頑張ってくれてたんだけど、最近は子供が泣き止まないから本人も諦めつつあって。。。」
みたいな話をしたんだそうな。そのときに講師の先生の返答が冒頭の
「 Nature doesn’t know about pump or formula.(我々人類の母である)大自然は、搾乳機の存在も粉ミルクの存在も知らない」
っていうことば。さらにこう続く↓
「だから、大自然は赤ちゃんに、君はママと離れたら死んじゃうよ、ママと離れちゃダメだよ、って伝えてる。だからベイビーは、ママといれば落ち着くし、ママと離れるとグズりやすいんだよ。もう少し月齢が進むと、ママの存在、パパの存在、保育士さんの存在、いろんな人の存在がわかってくるから まずはそれまでの辛抱ね」
すごくいい言葉だ。
「パパが赤ちゃんを上手にあやせない」という問題の解決には何もなってないんだけど、めちゃめちゃ納得する。
「やっぱりママが一番!」っていうのはもう誰のせいでもなく、自然の摂理なんだなぁ
って考えると、このままでいいか、って気持ちが楽になるというか。
★☆★
っていういい話だけで終わらせようかともよっぽど思ったんだけど、やっぱりもうちょっと書くね。なんでこの言葉を頭の中でよく反芻してるのかって話。
自然の摂理に従って、人間だって
「動物[界]脊索動物[門]哺乳[綱]サル[目]ヒト[科]ヒト[属]ヒト(sapiens)[種]」に分類される哺乳動物なわけなので、
次男をおっぱいにぶら下げて育てること7ヶ月。
次男は、先の講師の言葉そのままに、「ママの存在、パパの存在、いろんな人の存在」がわかってきたみたい。そして、
ママがいないと泣く、パパだと不満で泣く、久しぶりに会ったジジを人見知りして泣く、元気な7ヶ月児に成長した。
加えて、ずっと次男の授乳を羨ましそうに眺めていた、ホモ・サピエンスの32ヶ月齢の幼体である長男も、少し前から乳を飲む本能が再び目覚めてしまったようである。
寝る前、「あかちゃんみたいにする!」と宣言して必ずおっぱいを咥えないと満足しないし、最近は機嫌が悪いと泣いて「おっぱい、おっぱい!」と要求することすらある。
次男だけ特別扱いしておっぱいをあげるのもなんだか長男に悪い気がしたので、長男にもおっぱいを再び解禁したのが1ヶ月半くらい前かな。1歳前に一度卒乳はしたんだけどね。
最初はさすがに遠慮がちに恥ずかしそうに、でも嬉しそうに乳を咥えてたのが、エスカレートしてしまった今日このごろ。
★☆★
というわけで冒頭の
Nature doesn’t know about pump or formula.
(我々人類の母である)大自然は、搾乳機の存在も粉ミルクの存在も知らない。
だから、大自然は赤ちゃんに、君はママと離れたら死んじゃうよ、ママと離れちゃダメだよ、って伝えてる。
だからベイビーは、ママといれば落ち着くし、ママと離れるとグズりやすいんだよ。
もう少し月齢が進むと、ママの存在、パパの存在、保育士さんの存在、いろんな人の存在がわかってくるから
まずはそれまでの辛抱ね
っていう言葉についてよく考えるんだ。2人の子供を同時に乳にぶら下げながら。
成長して、7ヶ月齢になった幼若動物も、32ヶ月齢になった幼若動物も、確かにパパの存在は認識している。
パパの抱っこでも機嫌のいい時は全然OKだ。特に長男はめちゃめちゃ喜ぶ。
抱っこに関してはパパ抱っこの方がママ抱っこよりも優れている。ただし本人の機嫌のいいときは。
問題は、機嫌の悪い時。眠いとき。
やっぱりママのおっぱいが一番なんだ。
次男も、もうすぐ3歳になる長男でさえ、やっぱり哺乳綱サル目ヒト科ヒト属のホモ・サピエンスだった。
いつまで、「乳首を口に含むと安心する本能」を持った幼若ホモ・サピエンスとして育てようかなぁ。
おわり。
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